稲作民俗の源流 Folk customs of rice growing
上北之垣内における 「日 待 講 」を見る
1、この稿では現存する旧山本村の五っの日待講の内の上北之垣内における講の内容を、残されている古文書等の資料を辿りながら、講の成り立ちと変遷の状況を記してみたい。
文責 小泉芳孝 調査 藤井謙治・林弘良 小泉芳孝(日本民俗学・郷土史家)
1) 古文書の内容
残されている古文書としては、表題を「日待順番表」とした和綴じのものが、大正二年一 月十五日・大正十二年一月十四日・昭和二十六年一月十四日・昭和五十五年一月十四 日の4冊と、封書により保管されている昭和五十六年吉日付けの「申し送り事項」があり、その内容は次の通りである。
◎ 「日待順番表」 大正二年一月十五日 上北之垣内
順番
小西・小泉・木村・藤井・小泉・川原・藤井・小泉・西尾・岡本・小泉・小野・斉藤・小泉
申合セ
一、日待勤講之節ハ一戸毎ニ金五銭ヅツ当家ヨリ集金スルモノトスル
二、同勤講三時規定ノ桝ヲ以テ白米ヲ集ムルコト
三、講中申合セ順番日待ニハ左(下)之献立ヲ以テ相勤ムルコト
献立 御酒 一升
一、平皿(里芋・大根・鱈)
一、小皿(青菜ノ志タシ) 一、煮染(大根・里芋・牛蒡)
一、汁 (豆腐才切・味噌汁) 一、組重(田作リ・数ノ子・牛蒡・豆)
一、御飯 右(上)之通リ相定メ候也
◎ 「日待順番表」 大正十二年一月十四日 上北之垣内
順番
木村・東・中川(申ニ出ニヨリ一時休)・斉藤・小泉・小泉・小西・小泉・小野・藤井・中川・小泉・林・川原林・林・藤井・小泉・西尾・
申合セ
一、日待勤講ノ節ハ一戸毎ニ金五十銭宛当家ヨリ集金スルモノトス 但シ御神酒料
二、同勤講ノ節、規定ノ桝ヲ以テ白米ヲ集ムル事
三、講中申合セ順番日待ニハ左ノ(下)献立ヲ以テ相勤ムル事
献立
御酒 一升
一、平皿(里芋・大根・鱈) 一、小皿(青菜ノ志タシ)
一、煮染(大根・里芋・牛蒡) 一、組重(田作リ・数ノ子・牛蒡・豆)
一、汁 (豆腐才切・味噌汁) 一、御飯
右之通リ相定メ候也
○ 申し合わせの追記分として
一、日待当日寿宝寺住職ノ祈祷料ハ他垣内ト申合ワセ順番日待ニ限リ金五十銭トス
昭和四年一月十四日
一、日待御神酒料ハ一戸ニ付キ金五十銭宛集金スルモノトスル
右(上)昭和二十年一月協定ス
一、日待当日寿宝寺住職ノ祈祷料ハ他垣内ト申合セ順番日待ニ限リ金二十円トス
一、日待御神酒料ハ一戸ニ付キ金二円宛集金スルモノトス
右(上)昭和二十三年一月協定ス
申合セ
一、当垣内ニ新ニ加入セントスルモノハ電車線路以東ニシテ従来ヨリ当部落ニ居住シ当該垣内ニ加入セシモノニ限ルコト 但シ其ノ新ニ分家セシモノモ是ニ準ズルコト
二、前項以外ノモノハ理由ノ如何ニ不抱加入ヲ断ルコト 但シ第一項ノ親族又ハ有縁者ハ協議ノ上特ニ加入セシムルコトヲ得ルコト
右(上)ノ通リ協議ノ上申合セス 昭和二年一月十四日
◎ 「日待順番表」 昭和二十六年一月十四日 上北之垣内
順番表
木村・斉藤・小泉・小泉・小西・小泉(昭和38年ヨリ一時休ム)・小泉・小野・中川・林・川原林・藤井・小泉・西尾 計 十四戸
申合セ
一、日待当日寿宝寺住職ノ祈祷料ハ他垣内ト申合セ順番日待ニ限リ金三十円トス
一、日待当家ハ垣内費用トシテ一戸ニ付金十円宛集金スルモノトスル(組員ノ申合セニヨリ七円ヲ十円ニ変更ス)
右(上)昭和二十六年一月十四日定ム
申合セ改正
一、日待当日寿宝寺住職ノ祈祷料ハ他垣内ト申合セ順番日待ニ限リ金五十円トス 但シ毎年他垣内ト問ヒ合ス事
右(上)昭和二十八年一月十四日
昭和三十二年一月十四日申合セ改正
神酒料従来十円ヲ二十円ニ改正
申合セ改正
一、日待当日寿宝寺住職ノ祈祷料ハ他垣内ト申合セテ決メル事
一、日待当家ハ垣内費用トシテ一戸ニ付金二百円宛トスル
献立
一、御酒 二升
一、鶏肉一人当リ七十匁程度(但シ牛肉デモ差支エナシ)ニ限ル
一、茶菓子ハ蜜柑ト外ニ一種類トス
右(上)厳守スルコト 昭和四十年一月十四日
申合セ改正
一、日待当家ハ垣内費用トシテ一戸ニ付金一千円宛トスル
但シ献立ハ従来通リトスル
◎ 「日待順番表」 昭和五十五年一月十四日 上北之垣内
順番表
木村・斉藤・小泉・小泉・小西・小泉・小野・藤井・中川・林・川原林・藤井・高尾・西尾・中嶌 計15戸
申合セ
一、日待当日寿宝寺住職ノ祈祷料ハ他垣内ト申合セ順番日待ニ限リ金三十円トス
一、日待当家ハ垣内費用トシテ一戸ニ付金十円宛集金スルモノトスル(組員ノ申合セニヨリ七円ヲ十円ニ変更ス)
右(上) 昭和二十六年一月十四日定ム
申合セ改正
一、日待当日寿宝寺住職ノ祈祷料ハ他垣内ト申合セ順番日待ニ限リ金五十円トス
昭和三十二年一月十四日申合セ改正
神酒料従来十円ヲ金二十円ニ改正
申合セ改正
一、日待当日寿宝寺住職ノ祈祷料ハ他垣内ト申合セテ決メルコト
一、日待当家ハ垣内費用トシテ一戸ニ付金二百円宛トスル
献立
一、御酒 二升
一、鶏肉一人当リ七十匁程度(但シ牛肉デモ差支エナシ)ニ限ル
一、茶菓子ハ蜜柑ト外ニ一種類トス
右(上)厳守スルコト 昭和四十年一月十四日
申合セ改正
一、日待当家ハ垣内費用トシテ一戸ニ付金一千円宛トス
右(上)厳守スルコト 昭和五十二年一月十四日
但シ献立ハ従来通リトスル
◎ 「申合せ事項」 昭和五十六年吉日 上北之垣内 (封書により保管)
申合せ
一、日待当家喪中の節は百ケ日を限度とす
一、主親族の場合は五拾日を限度とす
一、各組員も是に準ず
順番表
1、木村 2、斉藤 、3小泉 4、小泉 5、小西 6、小西 7、小野 8、藤井 9、中川 10、林 11、川原林 12、藤井 13、高尾 14、西尾 15、中嶌
上記の通りであるが、内容としては「講員名」「住職祈祷料」「垣内費用」「垣内の範囲と加入の条件」「献立」「喪中の取り扱い」等が主なものとなっている。
尚この中では屋移り日待ちに関する記載は無いが、当該垣内の中で本屋を新築された時には当家よりの申出により、順番表に関係無く講の当屋を勤めることになっている。又この場合は定められた献立に従わなくても良いようである。
2) 床の間の掛け軸
紙本着色で、絵柄は上部に太陽と月輪を描き、その下に光背又は日輪を放つ女性と思しき神を中央に配し、向かってその斜め下左側に朱色の房らしきものを手にする男神と、同じく右側には弓を持つ男神がいずれも衣冠束帯姿で立っておられる。軸装の裏面に三社・講中という文字が見えるため、伊勢神宮を中央に賀茂神社(又は春日大社か)・石清水八幡宮の祭神を描いたものと思われる。その他軸装の裏面には補修した為に不明な箇所もあるが、安永九庚子極月吉と前述の三社・講中の文字、又軸箱の蓋の裏には日待表具箱とあり、その右に安永九庚子歳、左側に極月吉日と書かれてる。そしてその下方には講員と思われる源右衛門以下13名の名前が記されており、この軸が西暦1780年の12月に13名の講員により新調?されたものと思われる。
3) 講箱に収められたその他の物品
三方・へぎ・かわらけ・花筒・ローソク立て等床の間の祭壇を飾るための品々と共に、大正三年一月 寄附者 小野榮吉と書かれた木の「桝」があり、又古文書の大正二年一月十五日及び大正十二年一月十四日付けの申し合わせで「日待ち勤講の節、規定の桝で以て白米を集むること」とあり、当時は当屋がこの桝で各講員宅へ白米を集めに回ったものらしいが、いつの時から途絶えたのか記録には無い。
2、 この稿では現在の日待講の1月14日から1月15日に掛けての勤講の内容等について、時系列的に記してみる。
1月14日の行事
1) 当屋は事前に各講員宅へ勤講の知らせと共に、垣内費用を集めに回る。
2) 当屋は床の間の正面に三社祭神の掛軸を掛け、その前にお灯明・榊・お神酒及び三方の上に野菜(根・実・葉)・肴(スルメ等)・洗米・チリメンジャコを供える。
3) 当屋は寿宝寺住職にお願いし、事前にご祈祷をして頂く。(祈祷料は規定の額)
4) トンドの準備と左義長の組み立て
(1) 当屋は前以て青竹(真竹・淡竹)5本を準備しておく。その他左義長を組む為の材料や道具として日の丸の扇子・縄・藁・ 鎌・鉈・運搬車等、必要なものを左義長を組み立てる場所に準備しておく。
(2) 午後3時になると各講員は、正月飾りの門松・注連飾り等と藁2束づつを当屋の定めた場所に持ち寄り、左義長を作るた めの準備をする。
(3) 組み立ての順序として左義長としての三角錐を作るため、青竹5本の内の1本を折り曲げて三角の枠を作り、それを底辺 として各コーナー部に3本の青竹の根元を縄でしっかりと固定し、又中程でも固定して櫓状の構造物とする。そして五穀豊饒を祈ってのものか、青竹の各枝に一握りづつの「藁しべ」を数多く、穂先の部分で結わい付ける。
一方では正月飾りのしめ繩を、長くつなぎ合わせそれに藁を巻き付けたもの(通称:腰巻き)を作り、前述の三角錐の中程まで巻き付ける。そして三角錐の先端に日の丸の扇子を結び付け、又トンドの際に左義長を恵方の方へ倒すための引縄を取り付けて完成となる。
尚、残った青竹の1本は2m位の長さに切って割り、トンドの際の火箸とする。
(4) 残った正月飾りや藁・竹の火箸やトンドの際に必要な道具等を運搬車に積み込む。清掃も
(5) 完成した左義長を当屋まで運び、屋根にもたせ掛けて終わる。
5) 午後6時になると講員全員が当屋に集まり、床の間の掛軸と祭壇の前で拝礼したあと、お下りとしての洗米・チリメンジャコとお神酒を頂いたあとで、定められた献立(屋移り日待ちは別)により食事をした後、囲碁・将棋・トランプや近ごろではカラオケ等に興 じながら、祭壇のお灯明の火が消えぬようお守りしつつ午前0時をもって、講員全員が床の間の祭壇に拝礼したのち当屋を辞する。
6) 当屋は講員が帰ったあとも、明朝のトンドの際の提灯のローソクに火を移すまで床の間のお灯明の火が消えぬようお守りする。
1月15日の行事
1) 午前6時に講員全員が当屋に集まりお神酒を頂く。
2) 当屋は床の間のお灯明の火を、左義長を先導するための提灯のローソクに移す。
3) 当屋主人は前述の提灯の火を消さぬよう、トンド焚きする場所(ここ数年は遠藤 川北側堤防上となっている)まで先導する。
4) 先導の提灯の後を、前日当屋の屋根にもたせ掛けてあった左義長を、講員全員が担ぎ上げ「ワッショイ」「ワッショイ」の掛声と共に。指定の場所まで運ぶ。
5) 又この後を当該垣内の家族が続き、共にトンド焚きの火祭を行う。
6) 指定の場所では左義長を、恵方の方角へ倒れるように足場を決めて立てる。
7) 立てた左義長の腰巻きの中に持ち寄った藁や正月飾り等を入れ、講員全員が藁を 一把づつを持って提灯のローソクの火を移し、一斉に先に入れた腰巻きの中の藁に火をつける。
8) 火が上部まで燃え上がり、先端の「日の丸の扇子」に燃え移るのを見計らって引縄を引き恵方の方角に倒す。
9) その後は家族も全員で火を囲み、家から持参の餅を焼きながら食し、又「ノミの口」「ブトの口」等と言いながら悪虫封じや、一年の無事息災を祈りつつ日の出を拝する。又子供達は書初めの紙をこの火にかざし、高く舞い上げて書道の上達を祈る風習も。
10) 時間は前後するが便所の正月飾りは別にして、離れた場所で火を移して焚くようになっている。
11) トンドの火がほぼ無くなった頃、講員全員は当屋に挨拶をして帰宅する。
12) 当屋は最後に火の始末をして、トンド焚きを含めた日待ちの行事を全て終了する。
3、言い伝え・由来・変遷・記録等
当垣内では、ほぼ変わる事なく日待ちの勤講と共に左義長によるトンド焚きも行われているが、他の垣内ではトンド焚きを簡略化されている所もあるように聞いている。又以前は「日待ち」としてのオコナイの趣旨より精進潔斎して一夜を寝ずに夜明けを待ったものと思われる。当垣内の日待ち講はいつ始まったのか、前述したとおり床の間に飾る掛軸は、安永九年(西暦1780年)の年号があり当時(室町〜江戸期)広く信仰の対象として流布したとされる「三社託宣」のものと思われるが、この時を起源としているのか、大正二年の古文書までの記録が一切無いため、勤講の内容等も含めて不明である。特に「三毬杖」として宮中行事で正月を締めくくる行事を語源としている「左義長」によるトンド焚きといつから、どのように結び付いていったのか、又神事ごとである「日待ち」を寿宝寺の住職に祈祷をお願いするのも少し奇異のようにも思われるが、明治初期までの神仏習合の形が今に残っているのかも。
その他昔はトンドの火を竹の火箸に移して持ち帰り、竈に火を移してアズキ粥を炊き皆で祝ったものと聞いている。又誰かの句に「黒焦げの餅見失うトンドかな」があるが、このような微笑ましい風景が絶えることなく続いて行って欲しいものと願っているが、開発の進むこれからの時代、材料の調達や焚く場所等将来はどのように変貌していくのか、今現在を流れの中の一頁として書き記してみた。
上記内容の詳細は、下記の本で御覧になれます。
2001年2月下旬に、「稲作民俗の源流―日本・インドネシアー」として出版。
題名『稲作民俗の源流―日本・インドネシアー』
上記本の写真と内容 詳細は左をクリック!
※お読みになった方からメールをいただきました。
「稲作民俗の源流―日本・インドネシアー」を読んでお礼のメールをいただきました。 2005年8月5日 21:36
ディスカバリーチャンネルなどででリポートされている方から
とても中身が濃く、何度もまだまだ読み込める可能性を秘めた素晴らしい御本です!
御本の中にもありました「先祖と一体になる」という言葉!素晴らしい表現ですね。
これは「感謝」の枠を超えた人生観であり、宇宙観であり、哲学だと感じました。
========== 切取り線 ============ 切取り線 ====
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定価5000円+消費税を、4000円(本の郵送料+消費税は当方負担)に ー著者直接の、予約申込ー
名 前
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住 所
電話番号 FAX番号
Eーmail
4000円(本代+郵送料+封筒込み)を下記の郵便振込 講座番号へお送りください。
『郵便振込』 講座番号 00920-7-40389 加入社名 小泉芳孝
通信欄 稲作民俗の源流〜日本・インドネシア〜
なお発送は、上記が当方に到着しだい発送させて頂きます。 ※お問い合わせは、ここへメールをお送り下さい。
2.『マスコミ一代記』小泉芳孝著
定価2000円+税→博物館特価1500円(税込) 4-6版 146ページ
博物館の開館に合わせての2冊目は、昭和の激動期いわゆる団塊の世代に生まれた私が、映画の
世界からマスコミの放送局で仕事をすることになった一代記を綴ったもの。
内容は、戦後の昭和22年に京都の田舎で生まれた作者が、高校を卒業して就職し高度経済成長の
激動期を生き抜いた記録集である。モノクロからカラーになりビデオや衛星中継、デジタルへと急激に
発展した時代背景を描きながら、様々な体験や出来事を振り返り綴った一代記である。
この本は、博物館の別館Aに常設展示の「マスコミ一代記展」と合わせてお読み頂ければ、より判り
やすく昭和・平成の時代をご覧になれると思います。
テレビラジオ局員として下積み時代のコマーシャル会社から転職入社したマスコミ人の定年までの体験記
を綴った一代記である。フィルム からビデオ、中継、モノクロからカラーへ、アナログからデジタルに突入、
その中で地方マスコミ人が見た放送のメディア盛衰史である。テレビ、ラジオにわたり放送記者、カメラマン、
ディレクター、プロデューサー、進行を経験した作者が綴る、バイタリティーあふれる感動を記録した人間
ドラマを展開している。 「はじめに」より
『マスコミ一代記』目次
目次
はじめに
第一章 下積み時代
一、原風景
「故郷」の世界そのままの子ども時代/勉強よりもカメラいじりに興味/映像の世界へのほのかなあこがれ
二、合唱とカメラに夢中の高校時代
落ちこぼれ、音楽に目覚める/合唱がくれた出会い/手に職をつけるためカメラの道へ
三、あこがれの現場を間近に見た実習
写真から映像へ方向転換/質を求めるプロの姿に脱帽/就職難で四苦八苦
四、社会人としての第一歩
現場はおおわらわ/テレビコマーシャルの力を実感/チャンスは突然舞い込んできた
五、カメラマンの夢に向けて転職
就職試験代わりの面接/チャンスをつかんでステップアップ/テレビマン人生の始まり
第二章 プロカメラマン時代
一、現場は遠い、見習い期間
肩書きは報送記者/サブデスク業務/ようやく人並みの仕事ぶりに二、報道部のウラ話火の見櫓
代わりの電話番/夜討ち朝駆けで記
者クラブ詰め/めくりの局長
三、ついたあだ名は「ポラロイドの主」
取材のお伴はゼンマイ式の従軍カメラ/ついたあだ名は「ポラロイドの主」/下積みだからこそ学べること
四、良い映像のためなら命がけ
カメラマン魂に火をつけた爆発事故/心身ともに仕事に捧げる生活/何があってもカメラは死守
五、激動の一九七〇年代
学生運動取材での失敗/世界への目を開かせてくれた万博/想い出の『京都の恋』
六、取材つれづれ 随行取材から選挙取材まで
蜷川府政の分かれ目となった選挙報道/野中広務と同席した「京都婦人の船」/国交再開前の
中国を取材
七、念願の自主制作映画を作成
水中撮影のため、スキューバダイビングに挑戦/自主制作映画のためにトラック島まで撮影旅行/
趣味を仕事に生かしてできたこと
八、新婚旅行でかなえた夢の世界一周
人生の伴侶との出会い/いざ、世界一周の旅へ/トラブルが深めた夫婦の絆
九、ビッグスターを独占取材
ビッグスターが地元の歌を!/過密スケジュールのすきまに取材/気さくなスターの素顔に感激
第三章 テレビディレクター時代
一、変わりゆくテレビ業界
技術革新がテレビを変える/ネット交換による大変動/京都の広域UHF局として再スタート
二、打たないのに競馬中継担当に
スポーツ三昧のディレクター業務/「勉強」のため、馬券購入/「打つ」より「食う」が楽しい競馬場
三、「ミステリーの女王」との事件取材
「タイムリー10」カメラマンに/未解決事件を追って/体は辛いが気持ちは充実
四、市民に密着したテレビ局として
チャリティー番組のさきがけ/驚きの成果を生んだ二つの番組/地方テレビ局の意義を考える
五、意外なところで映画にかかわる仕事が実現
八ミリ作家を応援/ヒッチコックを探して/助っ人は『エマニエル夫人』
六、二足のわらじ生活
とった資格は数知れず/もう一度学生に/周りの人のおかげで無事卒業
第四章 進行APC時代
一、変化のきっかけを生んだ人事異動
プログラムディレクターとして出発/現場を離れて管理部門へ/思いがけないプレゼント
二、新たな学びへの意欲
最新技術に百万円の投資/新たな興味への扉となった宮座行事/恩師の言葉を励みに卒論に取り組む
三、卒業論文で四苦八苦
スタートは問題山積/調査に資料集めに、東奔西走/人生の目標を見つけた大学生活
四、京都のよさを再認識
京都だからこそとれたスクープ/京都が伝える茶道の魅力/京都で知る日本人の心
五、KBSを襲う波
経営悪化のきっかけとなったイトマン事件/再建のために立ち上がる社員たち/
市民、 地元の協力を得て再生
第五章 ラジオディレクター時代から定年まで
一、趣味を仕事に仕事を趣味に
ラジオへ転身/趣味を生かして出演依頼/新番組は難しい
二、ラジオの力を実感
テレビとラジオの違い/入館者アップに貢献/地震でラジオの力を再認識
三、人生の折り返し地点
再び古巣へ/プロデューサーに昇格/妻の病と自らの入院
四、定年間際の休職
無念の休職/東北旅行で鬱を克服/復帰を果たせず定年に
五、第二の人生のスタート
テレビマンからマンション経営者へ/世界をめぐって東へ西へ/博物館建設から次なる夢へ
あとがき
KBS京都放送の概要
経歴
3.『京田辺の歴史散歩』小泉芳孝著
定価4000円→博物館特価3000円(税込)B5版 306ページ
(B5版の為郵送料500円ご負担下さい)郵便振込のみ合計3500円。
十数年前から京田辺市郷土史会の『筒城』に連載していたものを一冊の本に仕上げる為に最後の「草内
・東村」編を加え、他も新たに加筆して京田辺市の全てを完成させたものです。
これは、竹取翁博物館へ来て頂いた人達に散策のルートマップとなるように詳細な地図を入れ、地元
郷土史家や社寺の協力をえて写真を豊富に入れ込み完成したものです。
内容は、地域に伝わる民俗の伝承や発掘で見つかったもの、それに文献で記された古文書等を分析した
ものなど考古学、歴史地理学、文献学等の分野から詳細に書き記した郷土史である。
博物館では、一休さんや継体天皇、第一回特別展「竹取の作者は空海か」と合わせてお読み頂ければ
より判りやすく理解出来る資料である。
目 次
はじめに
第一章 三山木北部周辺 ”歴史散歩コース”
三山木北部周辺 ”歴史散歩コース”順路 初出―筒城
一.京田辺市「三山木」の地名起源について
二.京田辺市「山本」の概観
山本は環濠集落/官用交通の山本驛/『竹取物語』の舞台は、京田辺/、山本の寺院「寿宝寺」/
山本の氏神「延喜式内佐牙神社
三.山本の寺院
@寿宝寺
沿革/神仏習合/十一面千手観音立像/十一面千手観音の心/寿宝寺の宝物
A五大明王
講演「寿宝寺五大明王像について」小野寺久幸/明王/不動明王/降三世明王/軍荼利明王/
大威徳明王/金剛夜叉明王/愛染明王/孔雀
B佐牙神社御旅所の「百味と湯立て」
四、山本の自然
はじめに
@ 山本の地形 A山本の民家
B山本の湧き井戸 C山本周辺の用水路と魚達
五.山本の民俗
@農具の変遷と今昔
農具/水稲栽培の今昔
A祭祀
家庭祭祀の色々/神棚について/台所の三方荒神/ 火よけ・火伏せの神「愛宕」B林憲三先生との出逢い
六、飯岡の史跡
@飯岡の七井戸
A飯岡トヅカ出土の「神人車馬画像鏡」
七、高木・二叉の史跡
@新島襄ゆかりの「南山義塾跡」石碑
A同志社京田辺キャンパスの主な歴史
A 円面硯・斎串と翡翠製の勾玉
「三山木遺跡第四次現地説明会から」
第二章『竹取物語』発祥の地は”京田辺”その一
はじめに
一、翁は「山本驛」の駅長か太夫
二、竹取翁の名は「さかきのみやつこ」
三、「かぐや姫」と『古事記』の「迦具夜比売命」
四、「かぐや姫」は「光り輝く」「火の神」
五、『竹取物語』の五人の求婚者は実在人物
六、「大住」と「甘南備山」は、天女伝説地か
おわりに
第三章『竹取物語』発祥の地は”京田辺”その二
一、「竹取翁」の家は、「山もと」の近く
二、「竹取翁」の名は、「さかき」で「さか」は酒
三、『竹取物語』の作者は誰か
四、竹の筒には、霊力、呪力ひそむ
五、五人の求婚者への難題物
@かぐや姫が出した求婚者への難題
佛の御石の鉢/蓬莱の玉の枝/火鼠の皮衣/龍の頸の玉/燕の子安貝
六、「大住隼人」の呪術と竹細工
七、「不死の山」は「甘南備山」
八、『竹取物語』の舞台は京田辺
第四章『竹取物語』発祥の地は”京田辺”その三
はじめに
一、飯岡トヅカ出土鏡は、不老長寿と歌舞を描く
@不老不死の長寿薬と車馬を描いた「神人車馬画像鏡」
A飛天と天女を描いた「神人歌舞画像鏡」
B西王母と神獣を描いた「変形一神四獣鏡」
二、神仙の「西王母信仰」と不死の薬
三、『竹取物語』の月現象と再生信仰
四、月の都は不老不死、地上界は異常成長
五、「不死の山」は、都に近い筒木「甘南備山」
おわりに
第五章 三山木南部より普賢寺 ”歴史散歩コース”
三山木南部より普賢寺 ”歴史散歩コース”順路図
一、山崎の史跡
二、宮津の史跡
@江津 A宮ノ口
三、普賢寺の史跡
@山代 A「筒木」「筒城」「綴喜」 B普賢寺 C多々羅
第六章 竹取物語ゆかりの筒木について
はじめに
一、継体天皇の筒城と磐之媛の筒木
二、朱智神社と息長氏
三、山代の地名と息長山普賢寺
四、酒屋神社と神功皇后伝承
五、『竹取物語』の舞台は京田辺
@竹取翁の家は「山もと」近く
A飯岡出土鏡は、不老不死の神仙鏡
B【講演】山代の古代史と民族(的)文化
―甦った大筒木(綴喜)の王女・かぐや姫―
元京都府立大学学長 門脇禎二
はじめに/T消された山代の国の現像/
U天女に甦った”かぐや姫”/終わりに
第七章 水取より天王・高船・打田 ”歴史散歩コース”
水取より天王・高船・打田 ”歴史散歩コース”順路
一、水取の史跡
二、天王の史跡
三、高船の史跡
四、打田の史跡
五、天王の地名と歴史
六、朱智神社の飛天と筒木の絹織物
@朱智神社の飛天 A多々羅の絹織物
B『古事記』奴理能美の養蚕 C飛天像の変遷 D仏教の飛天
第八章 興戸周辺 ”歴史散歩コース”
興戸周辺”歴史散歩コース”順路
一、興戸の史跡
第九章 松井・大住周辺 ”歴史散歩コース”
松井大住周辺”歴史散歩コース”順路
一、松井の史跡
二、大住の史跡
三、大住の隼人舞と能楽
大住隼人と隼人舞/能楽四座は、京田辺が発祥地/志賀氏の能楽発祥地説/
『山城国隼人計帳』
四、『竹取物語』の求婚難題説話と先住民族「隼人」
かぐや姫の難題「燕の子安貝」/先住民族「隼人」の天孫降臨神話
五、南の疾風・隼人 ?隼人舞、故郷に帰る?
@「古代隼人文化を語る」サミット
公演・シンポジウム録から小泉芳孝の抜き書き
第十章 薪周辺 ”歴史散歩コース”
薪周辺 ”歴史散歩コース”順路
一、薪の史跡
二、甘南備山
三、臨済宗大徳寺派の寺「酬恩庵一休寺」
沿革/一休寺の文化財など/一休寺の宝物/一休自筆の主な著書/主な年中行事
四、一休宗純禅師の足跡
誕生から修業時代/一休という号/酬恩庵を建立/森女(森持者)との出会い/
大徳寺住職から入寂/一休禅師の教え
第十一章 田辺・河原周辺 ”歴史散歩コース”
田辺・河原周辺 ”歴史散歩コース”順路
一、田辺の史跡
二、河原の史跡
三、棚倉孫神社の「瑞饋御輿」
@製作方法と材料の詳細
A過去の御輿製作と巡行記録
第十二章 草内・東村周辺 ”歴史散歩コース”
草内・東村 ”歴史散歩コース”順路
一、東の史跡
二、草内の史跡
あとがき
資料
一、『竹取物語』”かぐや姫の里”京田辺の活動経過
@今までの京田辺市郷土史会の取り組みなど
二、『竹取物語』の「写本・復刻版・銅板・研究書籍」展示
三、京田辺発祥地説の主な紹介記事など
@特集「日本昔話の世界」かぐや姫発祥の地”京田辺市゛
Aかぐや姫サミット開催地訪問「ひとり旅リポート」
B夏休みの課題で富士市の親子が京田辺を訪問
C『筒城』創立五十周年記念誌から(平成十七年七月発行)
D「竹取物語の舞台が京田辺」に賛同頂いている先生の紹介>>
4.『稲作民族の源流』B>定価5000円+税→3500円(税込) 残部わずか
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『郵便振込』 講座番号 00920-7-40389 加入社名 小泉芳孝
通信欄 『本の題名』を必ず記入 名前 郵便番号 住所 電話番号 FAX番号 Eーmail
なお発送は、上記が当方に到着しだい発送させて頂きます。 ※お問い合わせは、ここへメールをお送り下さい。
5. 『京都民俗』各1000円+税→博物館特価1000円(税込) 残部わずか
今後発行予定陸の『陸のシルクロード』『海のシルクロード』『世界遺産探訪記』
『柳田民俗学の遠野』『日本の神社神道』『日ユ同祖論』『世界の宗教』
など予定。
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新聞・テレビ・雑誌などの取材は、こちらのメールまでお問い合わせ下さい。
「竹取翁博物館」」準備室 「大筒木出版」準備室
小泉芳孝kyoto japan『竹取物語』研究竹取の翁・かぐや姫。yk
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今後発行予定陸の『陸のシルクロード』『海のシルクロード』
『世界遺産探訪記』『柳田民俗学の遠野』『日本の神社神道』
『日ユ同祖論』『世界の宗教』など予定。
下記のホームページでも紹介されています。
「文理閣」 http://www.bunrikaku.com/gazomokuroku-1.htm
「TRC図書館流通センター」 http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=01011874
「アマゾン」 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4892593745/qid%3D989599708/249-6037261-0581962
「歴史全般リンク集」 http://www2m.biglobe.ne.jp/~Accord/KENSAKU/v13f-new.htm
かつては、下記のホームページでも紹介されていました。
「ヤフーショッピング ー民間信仰リンク集」 「紀伊国屋」 「ヤフーブック」
「丸沼書店」 「歴史全般リンク集」 「朝日ネット」「喫茶店・京童」 「神奈備掲示板」
『竹取物語』研究所(竹取の翁・かぐや姫)
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